前回の記事では、き裂が進展するかどうかは応力の大きさではなく、系全体のエネルギーの収支で決まる、という考え方を整理しました。
今回は、その議論を一歩進めます。
「では、実際に設計や試験で使える量は何なのか」
この問いに答えるのが、コンプライアンスと、そこから導かれるエネルギー解放率 \(G\)です。
本記事は、小林英男先生著『破壊力学』第3章「エネルギ解放率」を参考にしつつ、筆者の理解と言葉で構成し直した解説です。
🎯 この記事のゴール
- 負荷方式(変位一定・荷重一定)によらずエネルギー議論が成立することの理解
- コンプライアンスの物理的定義と役割の把握
- エネルギー解放率 \(G\)の導出プロセスの習得
1. なぜ「負荷方式」をわざわざ議論するのか
材料試験や構造設計では、荷重のかけ方が一通りではありません。
- 変位を固定して引っ張る
- 重りをぶら下げて引っ張る
- 試験機の剛性を介して負荷する
直感的には、こう思ってしまいがちです。
「負荷のかけ方が違えば、き裂の進み方も違うはずだ」
ところが破壊力学では、き裂に与えられるエネルギーは、負荷方式によらず同じ形で表せる、という少し意外な結果に到達します。これが本節の核心部分です。
2. 荷重-変位(F–u)線図で見る「き裂進展前後の状態変化」
まず、き裂をもつ試験片に力 F を加え、変位 u が生じている状態を考えます。この状態は、力–変位線図(F–u 線図)上の一点で表されます。
このとき、三角形の面積として表される量が、弾性ひずみエネルギです。
では、き裂長さが微小量 da だけ増えたとき、F–u 線図上で何が起きるのか。負荷方式ごとに見ていきます。

3. 固定把み:外力は仕事をしない
まず、固定把み(変位一定)のケースです。
変位 u を一定に保ったまま、き裂が伸びると、試験片の剛性は低下します。その結果、必要な力 F は小さくなります。
この場合、外力は追加の仕事をしていません。
しかし、弾性ひずみエネルギーは減少します。この解放された分が、き裂に与えられるエネルギーです。

図3-2-2:固定つかみのエネルギー変化
4. 死荷重:外力が仕事をする
次に、死荷重(力一定)の場合を考えます。
一定の力 F をかけたままき裂が伸びると、試験片はより変形し、変位 u が増加します。
このとき外力は、「き裂が伸びた分だけ、追加の仕事をする」ことになります。一方で、弾性ひずみエネルギーの増減も同時に起こります。
結果として、外力の仕事と弾性ひずみエネルギーを合計すると、固定把みの場合と同じ量が、き裂に与えられていることが分かります。

図3-2-3:死荷重時のエネルギー変化
5. 現実の試験機:試験片とばねの直列系
実際の試験機は、理想的な固定把みでも死荷重でもありません。試験機自体が弾性体であり、試験片とばねが直列に接続された系とみなせます。

この場合も、き裂進展に伴って力と変位は同時に変化しますが、丁寧にエネルギーを追っていくと、やはり「き裂に与えられるエネルギーの増分は同じ」という結論に行き着きます。
三角形の面積が微妙に違うように思えますが、極微小量であることから、ほぼ同じと考えます。
6. コンプライアンスという整理のしかた
ここで導入されるのが、コンプライアンスです。コンプライアンス C は、
で定義されます。ばね定数の逆数と同じ形ですが、重要な違いがあります。
コンプライアンスは「き裂長さ a の関数」であるという点です。き裂が長くなるほど剛性は低下し、コンプライアンスは増大します。
7. 非常にシンプルな結果になる
力 F、変位 u、コンプライアンス C(a) を用いて、外力の仕事 L と弾性ひずみエネルギー U を整理すると、負荷方式に依らず次の関係が得られます。
そして、単位き裂長さあたりに解放され、き裂に与えられるエネルギーを
と定義すると、
が得られます。これがエネルギー解放率(energy release rate)です。
🚀 第2回のまとめ
- ✔ き裂に与えられるエネルギーは、負荷方式によらず同じ形で表せる
- ✔ その整理に用いられる量がコンプライアンス
-
✔
エネルギー解放率は
\[ \color{#f1c40f}{G = \frac{F^2}{2}\frac{dC}{da}} \]で定義される
- ✔ \( \color{#f1c40f}{G} \) は破壊力学における中心的な評価量

参考・注意
本記事は小林英男先生著『破壊力学』(第3章「エネルギ解放率」)を参考に、理解促進を目的として内容を整理・解釈し、筆者の理解と言葉で再構成した解説記事です。厳密な定義・導出・図表については、必ず原著をご参照ください。
ひかるエンジニア養成所 管理人
TEKTO @ 匠人

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